さて、困った。
今夜、4人の前から去ると決めたはいいのだが、こんな森の奥からどうやって帰ろか。
ナツの彼氏が夜行バスでここまで来たので、とりあえず近くの街まで出れば、メキシコシティに戻るバスはあるはずなんだ。
でも、携帯の電波もつながらないからMAPも機能しないし、いつも車で移動していたので方向感覚さえわからない。
昨晩ご飯を食べた売店のおじいちゃんのところに行ってメキシコシティへの戻り方を聞いてみた。
「この場所にバスは来ない」ということはわかったが、スペイン語なので他の情報は何も聞き出せなかった。
一番近い街から車でここに来たときも決して近くはなかった。
その距離を自力で歩いて行くとなると…(怖)
夜に山を歩くなんて、考えただけで怖い。
一応女だし、、、いや、誰でも夜の山道は怖いだろ。
「今夜ここを去る」なんて、勝手に決断した手前ダサいけど、、、
今夜はこっそり車の中で寝て、朝日が昇るのを待つ事にした。
4人には特に何も告げなかった。
どうせ私の存在は眼中にないんだから、このまま何も伝えず去ろうと思った。
男友達に「車で過ごしたいから鍵貸して」とだけ伝え、ロッジの中で簡単にシャワーを浴び、朝明るくなったらすぐにここを出発できるようにバックパックに荷物を詰めた。
その時、お姉ちゃんがロッジの中に入ってきて、話しかけてきた。
お姉ちゃん
「Hey, Lady」
愛
「・・・」
もう、私の名前すら忘れたのかな?
お姉ちゃんが私に対し、そんな呼び方をしたのは、長く過ごしてきて初めてだった。
それはまるで、「大人気ない子」と言われているような気がした。
お姉ちゃんの呼びかけに適当に反応し、荷造りをする手を止めることなく、お姉ちゃんが静かに話しかけてくる英語を聞いた。
お姉ちゃん
「私たちの旅のスタイルは、ちょっとレイジーだと思うの」
お姉ちゃん
「そのせいで、あなたがこの数日ストレスがたまってることにも気付いてるわ」
うううん、違う。
そんなんじゃないんだよ、お姉ちゃん。
そんな程度のストレスなら、そう感じる前にはっきり言葉に出して伝えてるよ。
私が感じてるのはストレスなんかじゃない。
もっと寂しいもの、もっと孤独なものなの。
でも、その寂しさを超えて、お姉ちゃんがいる側に行けないの。
私は、マリファナを吸わないから。
マリファナを吸ってまで、そっち側の世界に行きたいとは思えないの。
私たちがこの旅の中で目にした絶景も、経験したことも、感じたことも、同じものなのに全然違うものなんだよ。
お姉ちゃんの旅の中に、今、わたしはいない。
愛
「・・・今日もマリファナ吸った?だったら話したくない」
短くキッパリそう答えると、お姉ちゃんは激しく怒り、吐き捨てるような早口英語で別れを言って部屋を出ていった。
ドアを勢いよく閉める大きな音が部屋の中に響いた。
わたしは、涙が止まらなかった。
だけど、荷造りをやめなかった。
夜中の森、車の中で過ごす一夜はとてつもなく長く、時々怖かった。
できればもう、こんなことは人生で二度としたくない。
ずっと晴れていたこの旅なのに、今夜にかぎってなぜか大雨が夜中ずっと降り続き、たまに、誰かに石を投げられているんじゃないかと思えるほど、その大粒の雨音がずっと車体に響いた。
色んなことを考えて心を整理したかったけど、怖さの方が先に出てきてできなかった。
それでも、雨がやんで周囲が明るくなったことで目が覚めた。
そうか、怖くても、いつの間にか寝ちゃったんだ。
時計を見て時間を確認し、まだ朝に変わって間もないことにホッとした。
こんな早朝なら、まだ4人は熟睡している。
そっとロッジに入って車の鍵だけ返し、わたしは静かにこの場を去った。
笑けるぐらい大人気ない行動をしていることは自負してるし、勝手にいなくなるという事に後ろめたい気持ちももちろんあった。
でも、それ以上の清々しい気持ちのほうがより強く感じられた。
早朝、雨上がりの森は、今まで見た中で一番輝いているように思えたから。
(つづく)