翌朝。
宿のチェックアウトを済ませる前に、私からミジにLINEをする。
愛
「カンクン着いた?今どこ?」
本来、いちいち確認する必要のないはずの言葉を書いている時点で、私の心はもう透明じゃなかった。
返事は、わりとすぐに返ってきた。
ミジ
「昨日着いた。でも宿のWi-Fiめっちゃ調子悪くて連絡できなかった」
ミジ
「今、ビーチにいる。あいちゃんも来たらどうですか?」
おい、ちょっと待て。
ビーチにいる?
もう一回確認するけど、今「ビーチにいる」って言った????
ビーチにいるって聞いて、遊んでるわけないって想像は、まずできひんよな??
ふざけんのも大概にしろよ(プチン)
ここからはもう我慢できなかった。
今まで大人になったつもりで受け流してきた「違和感」と「我慢」の全てが突如として怒りに変化し、私はもう本人に向かって言わなきゃ収まらないレベルにまで達していた。
愛
「は?なんで私がビーチに行かなあかんの?」
愛
「ってか、ビーチに行く前に、着いたら連絡してくるのが常識じゃない?」
愛
「キューバで待ち合わせしてたときもそうやけど、自分ほんまに自己中すぎるで?」
愛
「こっちはミジが到着するのずっと待ってるねん!Wi-Fiの調子悪いとかも私の知ったこっちゃない」
愛
「ほんまに繋がらんねんやったら、Wi-Fi使える場所に移動するとかなんとでもできるやろ?」
愛
「それ以前に、そうゆう宿を選んだ自分の準備不足やろ?」
私が連続して送ったテキストが既読になったあと、少ししてからビデオコールがかかってきた。
応答すると、、、
白ビキニの格好で、濡れた前髪を整えているミジの姿が画面に映った。
私はその画面を上から見下ろした。
向こうに自分がどう映ってるとかさえ、もうど〜でもよかった。
ミジ
「あいちゃん、ごめんなさい。昨日は本当にWi-Fiが使えなくて、他の場所でも試してみたし、色んな人に聞いてもみたけど使えるところが全然みつからなかったんです。ほんとうです。今日またWi-Fi使える宿探しにいきます」
愛
「・・・・」
愛
「今そこで何してんの?」
ミジ
「これは、今朝一緒の宿にいた人がビーチに誘ってくれて・・・」
ミジ
「ちょっと待ってください。めっちゃ電波悪い・・・」
愛
「・・・・・・」
愛
「ビデオコールいらないから普通にかけて」
そう言ってビデオコールを切ったあと、また少ししてから普通のLINE電話がかかってきた。
ミジ
「もしもし?あいちゃん、ちょっと待ってください。今代わります・・・(説明してください)」
わけがわからないが、横にいる誰かにそうお願いしている様子が電話越しに聞こえてきた。
誰かさん
「もしもし、あいさんですか〜?わたし、昨日ミジと会った◯◯ってゆうものです〜」
いきなり日本人女性が登場し、流暢に話し始めた。
日本人
「ごめんなさい、ミジを今朝ビーチに誘ったの私なんです」
日本人
「あいさんとの約束があったって知らずに誘ってしまって、、、でもミジね、ずっと『あいちゃんに連絡しなきゃ!あいちゃんに連絡しなきゃ!』って気にしてて、慌てまくってて、、、今も『あいちゃんが怒ってる、どうしよう』って本当に泣きそうになってて」
日本人
「ミジの言った通り、ここ本当にWi-Fiが繋がらないんですよ。ミジが色んな人に聞きまわって、このWi-Fiも今近くにいる人の電波を無理やりお願いして借りてる状態なんです」
日本人
「あいさんずっと待っててくださってたのに、わたしがミジを誘ってしまったから、私が悪いんです〜。本当にごめんなさい」
愛
「・・・・・」
愛
「ミジに代わってください」
まじイライラする。
あなた誰?なんで私があなたに謝られないといけないの?
意味わかんない。マジで全っ然意味わかんない。
ミジ
「・・・あいちゃん、伝わりましたか?ごめん、私だとうまく日本語で説明できないから・・・」
愛
「とりあえず、今その電波貸してくれてる人に悪いから、Wi-Fi使える宿探して、また連絡して。立て替えてるお金返して欲しいから」
こうして、このさっぱり消化できない電話を切った。
なんで見ず知らずの日本人に電話で謝られなきゃいけない?
日本人が言う日本語はもちろん完璧に理解できるけど、誰かも知らないあなたの口から聞く言葉なんて、私の心の中に入るわけないじゃん。
意味わかんない。本当に意味わかんない。
自分じゃ日本語でうまく説明できないだと?
ふざけんな。あんなにペラペラ喋ってたくせに!
喋れるだろーが!自分でどうにかして伝えられるだろ!
日本語が無理なら英語で説明しろ。
それぐらい理解するわ、私だって。
もうマジで意味わかんない!
なんなんだよ!!!!
誰なんだよ!!!!!
もう理解しようとする事すら諦めたよ。
謝られても「許す」とか「許さない」とかの次元じゃない。
もう呆れて何も感じないところに私はいた。
「やっぱり一人旅に戻りたい」といちいち話す必要さえないと感じた。
とにかく今思ってることはこれだけ。
お金返して。
お金さえきっちり返してもらえれば、もう今までのことなんてどうでもいいしなんでもいい。
ごめんだけど、もうあの自分勝手な性格にはついていけないって心より正直な全細胞が言ってる。
こんな気持ちを抱えながら夕方街を歩いていると、ドラマのようなすごい偶然が起こりました。
カンクンの街の中で、ミジとバッタリ会ったんです。
先に気づいて話かけてきたのはミジからだった。そこには例の日本人も一緒にいた。
ミジ
「あいちゃん…!ここで何してるんですか?」
偶然の再会にも無表情な顔で反応する私を見て、バツが悪そうな顔をしたミジにすぐ気付いた。
愛
「ツアーの話聞いてる」
自分でも冷酷だと感じる声のトーンと表情でそう言葉を吐いた。
そうゆう反応しかもうできなかったのだ。
日本人
「あいさんですか?!私がミジを誘ったから、ほんとうに嫌な思いをさせてごめんな……(以下省略)」
日本人女性に電話とまったく同じことを言われ、軽く「いえ…」とだけ返答した。
あなたの無意味な謝りなんて、もう聞きたくない。
愛
「で、宿は?見つかったの?」
ミジ
「まだ。今歩きながら探してるとこ」
私の冷酷な態度のせいか、ミジの表情もそれに反射するように怖く、別人のようになっていた。
歩きながら宿探し?
そんなことする性格じゃないことはもうわかってるんだよ。
なんですぐ嘘つく?しかも簡易な嘘。
いや、もういいよ、嘘でも本当でも。
もう何を言われても信じれないし、信じようとすら思わない。
だからどうでもいい。
たとえそれが本当だったとしても、もう罪悪感すら感じない。
愛
「宿見つかったら連絡して」
捨て台詞を吐くようにそう言って体の向きを変え、私はまたツアーの話を聞き始めた。
ミジと日本人は、私のいる場所からすぐに去っていった。
そして夜。
宿に戻り、自分からLINEを送った。
もう来ない連絡を待つなと、彼女からは散々学んだから。
愛
「連絡なしですか?」
嫌味付きで送ったLINEに返ってきた返事はこうだった。
ミジ
「???」
まじうざい。
愛
「連絡してって言ったよね?」
ミジ
「今、携帯見たとこ」
愛
「宿どこ?立て替えてるお金払ってほしいから今から行くわ」
ミジ
「いくら?私も立て替えてるよ、パーキングの代金」
愛
「全部で$◯◯。それはもうちゃんと相殺したでしょ?覚えてないの?」
ミジ
「なんでそんなに高いの?」
愛
「明細全部送ったでしょ?ちゃんと見て」
私は、クレジットカードとデビットカードの明細画面のスクショ、さらにはレシートの写真まで付けて、立て替えている金額の詳細が超明瞭にわかるように全て送信していた。
なんなら細かいお金はこっちが負担していて、ミジに請求したのは10ドル単位だ。
ミジ
「部屋、Wi-Fiの電波遅いから画像見れない」
愛
「それは私には関係ない」
ミジ
「なんでそんなに強く言う?」
愛
「あ、強かった?ごめんね」
めんどくさすぎるよ。
でもとりあえずお金だけは返してほしかったから、わたしは低姿勢を貫いた。
画像が見れないと言うので、写真で送った明細を全部テキストにして再度送った。
ミジ
「レンタカーの代金おかしくない?鍵のトラブルの代金入れたでしょ?」
愛
「もちろんちゃんと引いてます」
ミジ
「でも税金は?何%で計算したの?」
こいつまじで、なんなんだ???!
自分はレストランで割り勘するとき「細かいお金ないから」って人に多く払わせといて、全然気にもせず、返そうともしなかった。
一人だけアルコール飲んでも、お会計はシレッといつも割り勘にしてきただろうが。
そんなことも、別に数ドルぐらいいいやっていつも見逃してきたんだよ。
今回の計算だって、端数のドルは切り捨てて提示してんねん!
自分のこと棚にあげまくって、人の細かいとこばっか粗探しすんじゃねーよ!
愛
「だから会おうって言ってるじゃん、私がそっち行くから!」
ミジ
「レンタカー返してから家に帰るときのUber代、わたしが立て替えてるよ?$5.25だった」
愛
「・・・そのレンタカー借りに行くまでのUber代は、私が払ったでしょう?呆」
見ないとは思ったが、Uberのアプリに必ず残る移動履歴と料金明細のスクショを送る。
彼女には彼女なりに、「私の性格が抜けている」とゆう解釈があるのだろう。
フロリダで、車の中に鍵を置いたままロックしちゃった一件から、「あいちゃんは絶対抜けてる。だから絶対計算も間違ってる」て思ってるんだと思うよ。
私たちの間にできてしまった「食い違い」について、向こうには向こうの解釈があるのはわかるし、それはそれで構わない。
でもね、断言させてもらう。
今回のお金の計算は、絶対に間違えてない。
いや、違うな。
「間違えてない」じゃなく、ミジに本来の金額より多くを請求するとゆうことは絶対にしてない。
私は車のロック事件にかかった費用のことをかなり多めに見積もったから。
税金何%とか言われて計算したとしても、絶対大丈夫だと言えるぐらい多めに見積もった。
あの事件のことは、ミジにも迷惑をかけたし、自分でもすごく引け目に感じてたから。
だから、今回のお金の清算のことで、少しでも落ち度は作りたくなかった。
私がミジに返して欲しいと言った金額は、日本円で9000円程だった。
マイアミからキーウェスト、マイアミからオーランドへドライブするために借りた3日間のレンタカー代とガソリン代だけ。
でも、このお金がミジから返ってくることは一生なかった。
その後、何度も「会おう」とLINEしたが、私のメッセージの横に「既読」が付くことはなかった。
LINEをはじめ、FacebookとInstagramまでブロックされ、ミジとのつながりは終わったのだ。
今、私はこの旅一番のどん底にいる。
どんなに解釈を変えようとしても這い上がれなかった。
同じ人間として、こんなモラルのない結末を平気でつくってしまう人間を身近で見てしまったこと。
そして、、、、、
こんなモラルのない人間が、今もこれからも、世界をひょうひょうと旅して行くのかということを考えると、、、
同じ旅人として、
同じ人間として、
私の心にできた怒りと悲しみは、何をしても止まらなかった。
幸い涙は出ない。
(つづく)