あなた、マリファナ知らないじゃない

その夜は、ラスポサスの森の中にあるロッジに宿泊することになった。

ロッジの周りには、フロント代わりの小さな売店と、月明かりがあるだけだった。

4人は、ロッジの外にある小さなテラスに椅子を並べて、今夜もマリファナを吸う。

そして、私にはわからない言葉で会話を楽しんでいた。

ヘビースモーカーな父親の元で育った私は、物心ついた頃から「煙」というものが苦手だ。

反面教師に育ったせいで生まれて一度もタバコを吸ったことはないし、海外を放浪していても、マリファナに興味を持つことはなかった。

フィリピンで出逢ったマリファナラバーな日本人男性に、マリファナの可能性について熱く語られた記憶が蘇る。

「マリファナはオーガニックだよ。医療でも使われるしね。もし、マリファナが医療関係なく世界中で認可されてしまうと、みんなが覚醒して才能のバランスが崩れて、今世界のトップで社会を牛耳ってる人間の地位が危うくなるから禁止されてるんだ」

彼は、マリファナが世界で禁止されている背景をわかりやすく私に説明してくれた。

政府がなぜマリファナを規制するのか、もちろん理解できる。

吸うと心身ともに傷みが和らぐという依存性のないマリファナが、良い未来を切り開く起爆剤になるポテンシャルだってあるのかもしれない。

だけど、、、わたしはそれでもマリファナを吸いたいと思わなかった。

これまでの旅先で、吸おうと思ったら吸える機会は数えきれないぐらいあった。

アメリカで泊まらせてもらったお家では、庭でマリファナを栽培している人もいた。

お姉ちゃんがタバコとマリファナが好きだということは、セドナにいた頃から知っていた。

でも、お姉ちゃんの品のあるタバコの吸い方は、一緒にいても全然嫌だと思わなかった。

夕食の後、ソファでくつろぎながら吸うマリファナも、食後のコーヒーかデザートのように思えていた。

でも、ここに来てその思いは一変した。

この旅が始まってから毎日。。。

移動中の車の中で。。。

アクティビティをする前と後。。。

夕食後の雑談で。。。

そしてベッドに入って寝る前も。。。

それはお姉ちゃんだけじゃなく、男友達、ナツの彼氏、そして、ケイコさんの前では絶対吸えないというナツもが、この旅の中ずっとマリファナを吸っていた。

ナツの彼氏が合流してからの5人旅は、寂しい気持ちになることが本当に多かった。

自分の心が寂しがっている部分にギリギリの蓋をしてその場を楽しもうとしていたことに、もう限界が来ていた。

マリファナを嗜む4人のスローペースな行動に先回りし、わたしはひとりで売店に行き、夜ご飯を食べることにした。

言葉の通じないおじいさんが焼いてくれたオムレツを食べながら、おじいさんの言葉を理解しようと試みた。

でもやっぱりスペイン語が全然わからなくて、翻訳を使おうと携帯を手にとるが、山奥すぎて電波がまったく入らない。

そんな感じで売店のテーブルに座っていると、190cmはあるスラッとした長身の白人さんが困った様子で車から降りてきて、話しかけられた。

白人さん
「君、英語話せる?!」

白人さん
「携帯の電波が入らないんだけど、ここどこかわかる?」


「ここはラスポサスだよ?わたしの携帯も全然だめ」

束の間だが、一人になれたお陰で少し自分の素の心を取り戻せた気がした。

その心の水をこぼさないように、私はまた4人が椅子を囲むロッジのテラスへ向かった。

私が座れる椅子を作ってくれたので腰をかけたが、会話は依然としてスペイン語で繰り広げられ、何を話しているのかわからなかったし、興味も持てなかった。

ついに、何かのタイミングがこの言葉を私の口から発させた。


なんでマリファナを吸うの?

男友達
「もっと人を思いやれるし、美しいものをもっと美しく感じられるし、大切な人にもっと熱くハグできる」

そう答えてくれた男友達の言葉を聞いて、この旅の中で、お姉ちゃんを何度もハグしていた彼の姿が頭に浮かんだ。

だけど、その回想されたシーンに「愛」は見えなかった。


「マリファナの効果がキレたらどうするの?」

再度こう尋ねた。

男友達
「また吸うんだよ」

彼は、あたりさわりのない笑顔をしながらそう答えた。

一生マリファナなんかに頼るかと思った瞬間だった。

マリファナに頼らなくても、わたしは美しい景色を見て涙するぐらい感動することも、大好きな人を好きでたまらないほど好きになることも、熱いハグをすることもできる(!!!)


「でもわたしは、、、マリファナを尊重できない」

正直に思ったことを言ってしまった。悪気はない。

すると、ずっと横で聞いていただけのお姉ちゃんが突然口を開いた。

お姉ちゃん
あなた、マリファナ知らないじゃない

お姉ちゃんのあの顔、あの声のトーン。

怒っりきってもいない。

呆れきってもいない。

ただ「バカ」にされた気がした。

お姉ちゃんのその表情と言葉に対し、なにも言い返すことはなかった。

そうだね。

本当にそうだね。。。

見えてる世界が違う今のあなたたちとは、きっと、心を分かち合うことはできないね…

翌朝の夜明け前、私たちはゴロンドリーナス洞窟に向かった。

そこでは、大きな洞窟の中から信じられないぐらい大量の鳥が夜明けと共に一斉に空へ向かう光景が見られるという。

でも、それがどれだけ凄い光景だろうが、もうどうだって良かった。

洞窟に向かう長い道中と観賞中、わたしはずっと独りぼっちで、ただ2組のカップルの足跡を追うだけだった。

大量の鳥たちが渦を巻いて飛び立つ圧巻の光景を前に、熱いハグをする2組のカップルの後ろにいた。

何度もお姉ちゃんに視線を送ったが、誰も、一度も、私の方を振り返らなかった。

4人の視界と心から、わたしがハッキリ消えたんだと認識できて良かった。

今夜、この場所を去ります。ひとりで。

(つづく)