愛ちゃん、何を怒ってるの?

今日から向かうのは、メキシコシティから車で約7時間の場所にある、ヒリトゥラ(Xilitla)という秘境。

Googleマップでは「シリトラ」と書かれてますが、メキシコにいるみんなは「ヒリトラ」と発音してたので、ここではヒリトラって書いていくね。

一緒に行くのは、お姉ちゃん、お姉ちゃんの男友達、ナツ、ナツの彼氏、私の5人。

ナツの彼氏は用事を済ましてからバスで追いかけてくるそうなので、後から合流します。

行きの車の中で

お姉ちゃんと、その男友達は公式的な恋人ではないけど友達でもない、なんか微妙な関係なんだ。

だから、簡単にいうと2つのカップルにお邪魔虫してる感じの旅行になった。

出発直後は、みんなでアナ雪の「Let it Go〜♫」を熱唱したり、コンビニでメキシコのお菓子を調達して食べたり、和和気あいあいとした感じ。ナツは時々、車の中で吉本ばななの本を読んでた。

みんなは、もちろんスペイン語で会話する。

そして、わたしが「なんの話?」と聞くと英語で通訳してくれる。みんな英語もペラペラだから。

でも、すべてのスペイン語の会話に「なになに?なんの話?」と食い付いていくのも流石に疲れるので、そんな時はあえて無理せず、窓越しに見える空を見ながら何も考えず無になった。

するとね、ちょっと心外な質問をされたんだ。

ナツ
愛ちゃん、何を怒ってるの?

そう聞いてきたのは、まだ大学生だけど大人っぽくて賢いナツだった。


「え?!全然怒ってないよ?なんで?」

わたしはナツの言ってる意味がわからなくて、普通にそう答えた。

ナツ
「なんだか顔が怒ってるように見えるから…」


「ふつうだよ?わたし、笑わないと怖いってよく言われるから、そうゆう顔立ちなのかもしれない」


「でも、本当に怒ってないよ?」

昔っから、仲良くなった友達に「愛って、第一印象近寄りがたかった」とか「怖そう」とか「タバコ吸ってそう」とか散々言われてたから、今回も多分そういう類のことかなと思ったのだが、ナツは腑に落ちていないような顔のまま私を見た。

会話はそれ以上弾むことはなく、この話は一旦終わった。

でも、怒ってもないのに怒ってると思われたことは、いい気分ではなかった。

怒る以前に、そのときの自分には「負」の感情なんて微塵もなかったのに、、、

ナツの突然の質問に少しだけ心が曇ったことを感じた。

だからって、「楽しんでるよ」と安心させるためにダミーな笑顔を取り繕うなんてことは疲れるし。

別にいいやと思って、また窓越しの景色を見ていると、今日の夕陽が沈みかけていた。

陽が沈んだ後は、名前も知らない小さな街のホテルで一晩を過ごし、翌日、ラスポサスという森の奥地にある大富豪の庭園にやってきた。

ラスポサスはメキシコでは有名な観光地で、イギリスの大富豪だったエドワード・ジェームスさんが、1947年頃から半生をかけて作ったという奇妙な建築庭園が見られる。

ちなみにエドワードさんは、あの有名な画家サルバドール・ダリのパトロンだったという説もある。

有名な観光地なはずだが、携帯の電波も届かないような山奥にあるためか、人は全然いなかった。

私たちがラスポサスに到着したときはもう夕方で閉館していたため、改めて出直すことになった。

その後また少し車を走らせ、ラスポサスから一番近い街まで夕食を食べにやってきた。

ラスポサスの周辺にもホテルや売店はいくつかあるが、お姉ちゃん達はヒリトラでのプランを他に色々考えてるみたいで、大富豪の庭園は最終日に見に行くことになったようだ。

それにしても、この日は本当に綺麗な満月の夜だった。

余分なものがない小さな街だったせいか、月の引力をより近くに感じた。

そんな満月を見て、大きく深呼吸し、目をうるうるさせはじめたお姉ちゃんに気が付いた。

セドナで出逢ったお姉ちゃんが、どれだけスピリチュアルなものを大切にしながら生きているのか、私はよく知っていた。

すると、男友達がお姉ちゃんを後ろから覆うように強く、抱きしめはじめた。

その動作を受け入れ、さっきより涙の量が増えたお姉ちゃんを、私はただ側で見ていた。

今思い出せば、この時からだったのかもしれない。

私は一緒に旅しているはずのみんなに、少しづつ距離を感じはじめていた。

大好きなお姉ちゃんと、その周りにいる人たちに距離を感じることなんて、何日も一緒に過ごしてきたけど、一度たりともなかったことだ。

だけど、今回だけはちょっと違っていた。

その理由と原因がなんなのか、このときからもうわかっていた。

でも、大好きなお姉ちゃんだから。

「素直に楽しもう」と、まだこのときはそう思ってたんだ。

(つづく)