初めてニューヨークに訪れたのは2月の初旬で一番寒い季節だったのかもしれない。
剥き出しになった顔のパーツが赤く凍てつき、昼間の太陽の下にいても鼻水が止まらないぐらい辛い寒さだった。
同じ「寒さ」でも、大自然と都会の寒さはこんなにも違うものなのかと衝撃を受けた。
夜、吹き荒む寒さと風に耐えながら、コンクリートジャングルと称されるマンハッタンの夜景を一人で眺めていると、なんだか寂しさすら感じ始めた。
マンハッタンの壮大なビル群とブルックリンブリッジが一望できる有名な景観に来てみたけど、寒すぎて私以外にカメラを持って歩いている人はいなかった。
この景色の何がそんなに人を魅了するんだろう。
これまで続けてきたアメリカ横断の旅で、私の感覚がおかしくなってしまったのか。
数々の奇跡と感動を見せてくれた大自然豊かなコロラドから、いきなり大都会に移動してきたというギャップが大きすぎたのか。
ニューヨークに到着した翌日、宿泊させてもたってるホストさんにおすすめされた場所を一通り散策して得たものは、ちょっとしんどい風邪だけだった。
その後、家に戻ってホストさんと一緒に夕食を食べていると急な告白があった。
ホストさん
「実は友人に誘われて海外旅行にいこうと思ってるんだけど行ってもいいかな?」
愛
「是非行ってきてください!」
愛
「わたしはホテルかどこか探すから大丈夫です!」
ホストさん
「急にごめんね。ちょっと暖かい場所に行きたくなって」
愛
「NYめちゃくちゃ寒いからそのほうがいいと思います!楽しんできてください!」
ぶっちゃけ、私自身も風邪をひいてしまって体調が良くなかったせいもあって、今回のホストさんとはうまくコミュニケーションが捗らず、無料で泊めてもらうのが少し申し訳なく感じていた。
突然の申し出には少し動揺したが、わたしにとってもタイミングの良い提案だなとポジティブに思えた。
もしかしたら、セックスや一時的な恋愛関係に全く興味のない私を宿泊させるメリットがなかったから、スマートなかたちで追い出されたのかもしれないけど、本音がどうあれ今は一人になって体調を回復させたい。
やっぱり、人と一緒にいるってエネルギーの交換だから。
そんなわけで、翌日2日だけお世話になったホストさんのお家を離れ、マンハッタン内にあるホテルを予約した。
マンハッタンのホテルってすごく高いんだけど、私が宿泊したときはオフシーズンの極みだったのか、1泊7000円程で結構良いホテルが見つかった。
思い返せば、この数ヶ月ずっと誰かのお家に居候させてもらいながら旅を続けてきた。
だからこの時、久しぶりに本当の意味で一人だけの時間を過ごせることに正直小さな幸せを感じてしまった。
翌日、風邪のしんどさはすっかり消えて早くも元気になったわたしは、ホテルの朝食バイキングをお腹いっぱい食べた後、居心地の良い部屋でダラダラしてしまい、夕方からマンハッタンを散策しはじめた。
というのも、NYでとりあえず見ておくべきものって摩天楼の夜景ぐらいしか思い付かなかったのだ。
物価が高いこともあってこの街に長くいると破産すると思ったので、到着3日目にしてもう次の目的地へのバスも予約していた。
何より「お金を使って得る楽しさ」以外に、NYでわたしの心を大きく動かしてくれるものを見出すことができなかったのだ。
私の心を宇宙の遥か彼方とリンクさせてくれたほど壮大で怖くも感じるほど美しかったアリゾナやコロラドのような自然豊かな場所をこの時、心から懐かしく思った。
やっぱり私は、自然豊かな場所が大大大好きなんだ。
そんなわたしの心には、NYで一番綺麗な景色と言われるロックフェラーセンターの屋上から見る摩天楼の夜景を目前にしても寒さ以外何も与えてくれなかった。
高い入場料を払ったにも関わらず、滞在時間は5分ほどで終わってしまった。
ガッカリはしたが、そこまで大きな期待はしていなかっただけに普通の表情でロックフェラーセンターの玄関を出た時だった。
変な乗り物に乗って寒そうに待機している中年の外国人と目が合った。
彼は、私が手に抱えてるカメラをチラッと見てから私の顔をもう一度見て、ゆるく笑って話しかけてきた。
距離があって何を言ってるのか聞き取れなかったから、彼の近くに寄って耳を傾けた。
彼
「乗っていかないかい?」
愛
「なにこれ?どこにいくの?」
彼
「タイムズスクエアあたりをぶらぶら〜」
愛
「そうなの?でも寒いからいいや、さんきゅっ」
こうして私は彼から離れ、また歩きはじめた。
・
・
・
・
寒いし、いいや。
寒いし、、、
本当に寒いこのNYで、あの人はいつまでああやって声をかけては断られてを繰り返すんだろう。。。
わたしは急に彼のことが気になって、後ろを振り返った。
すると彼もまだわたしの方を見ていてもう一度目が合ったので、彼のいる場所に戻ってこう訪ねた。
愛
「やっぱり乗る!いくら?」
彼
「20ドルだよ」
彼は優しい笑顔でそう言った。
愛
「OK!行こう!」
こうして私は、名前もわからない彼の乗り物の座席に乗り込んだ。
彼は私が寒くならないようにビニールカバーを装着して、風が入らないように暖かくしてくれた。
そのお陰で私は全く寒さを感じなくなったが、彼はずっと寒空の下で私を乗せたこの乗り物をゆっくりゆっくり重たそうに漕ぎ続ける。
そんな彼の後ろ姿を見てなにも感じられずにはいられなかった。
愛
「大変な仕事…寒くないの?重くない?」
彼
「ちゃんと服を着込んでるから大丈夫だよ。それにこの乗り物は電動なんだ」
愛
「そっか!ちょっと安心した」
こうして彼はタイムズスクエアと周辺を走りながら通り過ぎる建物の説明をしてくれたり、自分の仕事についても色々教えてくれた。
彼はこの変な乗り物の他に、プライベートでセントラルパークのツアーガイドをしているトルコ人だった。
名前はデュラムスという。
毎年行われているアメリカの永住権(グリーンカード)抽選プログラムに当選し、10年前にNYに移住してきたらしい。
愛
「すごいね!超ラッキーじゃん!グリーンカードに当選した人と初めて出逢ったよ!」
私の驚き具合に彼は笑う。
デュラムス
「君は一人で旅をしているの?」
愛
「うん!1人でアメリカ横断してきた」
デュラムス
「へ〜!勇気あるね」
愛
「みんなそう言うんだけど、そうかな?」
デュラムス
「いつまでNYにいるの?」
愛
「あした」
デュラムス
「え!明日?!」
愛
「あ、間違えた。あさってだった!あと2日ここにいる」
デュラムス
「次はどこに行くの?」
愛
「首都のワシントン!コロラドからNYに来る途中、ワシントンに寄るのすっかり忘れてちゃって(・∀・)」
デュラムス
「ワシントンかぁ」
デュラムス
「もうすぐ休憩に入るんだけど一緒にどう?ご飯食べた?」
愛
「食べたけどなんか甘いもの食べたいな」
愛
「あ!これ20ドル!乗せてくれてありがとう!おもしろかったよ!」
デュラムス
「お金はいいよ」
愛
「は?!なんで?!」
デュラムス
(ニヤニヤニヤ)
デュラムス
「とりあえずそこのWhole Foodsに行こう」
デュラムス
「どれが食べたい?」
愛
「自分で買うからいいよ。なんか半分づつしよう」
こうして私たちは、それぞれ買ったケーキをシェアしながらゆっくり会話した。
デュラムスは私のバカな会話やつたない英語もちゃんと聞いてくれて、そして理解もしてくれた。
そして、それなりに真面目で真剣な話もゆっくり落ち着いてできる人だったから、出逢ったばかりに関わらず居心地がよくて私たちはすぐに仲良くなってしまった。
デュラムス
「最初に声をかけたとき愛は一回断って去っていったのに、なんでまた戻ってきたの?」
愛
「え〜わからんけど超寒そうやなって思って。NYの寒さ尋常じゃないじゃん?」
デュラムス
(ニヤニヤニヤニヤ)
デュラムスは本当によくニヤニヤニヤニヤするおじさんだ。
ニヤニヤ顔をしているときは、私をどういじってやろうかって考えてるんだと思う(笑)
愛
「デュラムスは?なんで私を誘ってくれたん?(・∀・)」
デュラムス
「フレンドリーな子だなぁと思って」
デュラムス
「あとカメラ持ってたでしょ?俺もカメラ好きでよくNYの街を撮り歩いてるんだ」
愛
「へ〜!まじで!撮り歩き楽しそう!いいな!」
デュラムス
「あと2日いるんだよね? 明日からちょうど2日間休みなんだけど一緒に撮り歩きしないかい?」
愛
「え!まじで?!いいの?!それっていくら?!」
デュラムス
(ニヤニヤニヤニヤ)
デュラムス
「俺らもう友達じゃないか。友達からお金はとらないよ」
愛
「えっ?まじで?」
デュラムス
「明日と明後日はオフ!仕事じゃないの」
愛
「でも、休みだったらゆっくりしたいんじゃない?大丈夫?」
デュラムス
「全然大丈夫!午後2時ぐらいから会おう。また待ち合わせ場所連絡するよ」
愛
「でもさっきのツアー代は払うよ!」
デュラムス
「いくらでもいいよ」
愛
「じゃあチップ入れて25ドルね!笑)ありがとうね!」
これが、わたしとデュラムスとの出逢いだった。
(つづく)