「悲劇へのカウントダウン」を書き始める前に伝えておきたいこと

こんにちは、愛です!

いつもブログを読んでくださって本当にありがとうございます。

今日こういった記事を設けたの理由は、これから書き進めていく「悲劇へのカウントダウン」を読んで頂く前に、読者さんに伝えておきたいことがあったからです。

また、これからも自分らしい旅ブログを発信していけるよう、自身への再確認としてでもあります。

わたしはこれまでの旅路で数えきれないほどたくさんの人達と関わり、その人達と過ごした出来事を良くも悪くもリアルにブログで綴ってきましたが、そこには私なりに意識してきたルールというものがあります。

それは、ブログに登場させる人物との信頼がちゃんと築けているか、とゆうことです。

例えば、インドを一緒に旅した大学生達のヌード写真をアップしたとき。

ブログを書いたあとに「裸体を世界に公開してもうたわ!ごめん(・∀・)」と事後報告する私に、彼らは「じゃんじゃん使っちゃってください!」とまで言ってくれました。

もちろんそんなこと確認しなくても「この子達は絶対に笑って許してくれる」ってゆう関係だと私なりに自負した上でこの記事を面白おかしく書かせてもらいました。

続いて、アメリカのセドナでお世話になったパトリックについて。

私はパトリックの私生活のことをかなり赤裸々に書きましたが、パトリックは真実の中に生きている人だからきっと笑って許してくれると思います。

シリコンバレーで私にオフィスを見せてくれた、Googleの現役エンジニアのフェイさん。

貴重なGoogle本社の写真や内容をブログで紹介したいという気持ちはめちゃくちゃありましたが、フェイさんに1mmでも迷惑をかける要素を作りたくなかったので、ブログには撮影した写真をアップしませんでした。

その反対に、ラスベガスで私をベッドに押し倒し、その後も全然良い関係を築けなかったまま最終的に私を家から追い出した金髪マッチョのホストさんとの出来事を書くときは、最初から最後まで、彼の写真も名前も一切ブログには使いませんでした。

文章に少し違和感を感じながらも、記事中ではずっと「ホストさん」又は「彼」と表現して、現実に起きたストーリーを綴りました。

このブログを初期から見てくださってる方はご存知かもしれませんが、旅の中で人間関係で悩むことも多々あり、そのことも赤裸々に綴ってきましたが、やはり最終的に「仲間」「友人」と呼べない人の名前や写真は一切使いませんでした。

もちろん、悩みを与えてくれた人と最終的に良い関係を築くことができていたなら、私はその人のことを遠慮なくブログに登場させたと思います。

ここまでの説明で、私がこのブログを創る上で意識していることが伝わったかなぁ?

で、今日お本題はここからです。

これから書き進めて行く「悲劇へのカウントダウン」をどうやって書いていこうかと、ひたすら考えました。

ヒューストンを後に、次の目的地から始まった出来事を包み隠さず書いてしまうことによって、私は読者の皆さんに「悪い人間」を見せてしまうかもしれないからです。

だから、今までみたいに名前も写真も出さずに書いていこうって最初は思ってました。

結論から言って、この悲劇をくれた人との信頼関係はゼロだし、今どこで何をしているのかさえも知りません。

私のブログは「信頼関係のない人は登場させない」ことがルールだというのは先にお伝えした通りです。

だから、そのルールに従って名前や写真もを出さずに書き進めていこうと、頭の中で記事の構成をイメージしていたのですが、なんだか嘘みたいな記事しかできあがらなかったんです。

その原因は、記事に使える写真などの素材が限られることで話の辻褄を合わせにくくなることと、その人が最初からそんな最低な人間ではなかったからです。

ちゃんと振り返れば、私の性格や行動があの人にあんな行動をさせてしまったのかもしれない、と思うことも今思えば幾つかあった。

だって、出逢ったばかりの日々は、この旅で一番楽しいと思えたぐらい輝いていたから。

過去にも自分の醜い本音を綴った記事を何度か書いたことがありますが、私はキレイ事だけを書くようなブログを作っていきたくはない。

そんなことって別にやらなくてもいいし、めんどくさいし、過去の傷みや醜さを掘り返さないといけないから、結構しんどいんだけど、その苦い経験が人生に起きていなかったら、「今の私」にはなれていないだろうから。

だから書くべきだって思う。

長くなりましたが、私のブログに対する想いを敢えてここで再確認しておきました。

以上を踏まえながら、相手が私に与えてくれた全ての経験に敬意を持ち、旅の続きを書き進めていきたいと思います。

(つづく)